《ちょっとエッセイ》右折と大縄跳び
自動車を運転するとき、目的地まではなるべく交通量が少なく、信号の多い道を選ぶ。
そのため、初めて通る道は事前に地図アプリで細かく確認する。何車線あるのか、専用信号やレーンはあるか、どのくらい前から車線を変更して備えておいたほうがいいのかなど、頭の中でシミュレーションをする。
もし間違えた場合は、どこで修正すればいいかも何パターンか考えておく。そうすることで、焦らず落ち着いて運転に集中することができる。
ナビはあるが、ほとんど使わない。答え合わせにつけている程度で、決して道案内はさせない。
それは、効率の良い違うルートを案内される可能性があるからだ。
そこまでしているのには訳がある。
私は右折が嫌いなのだ。
右折しか行ける道がないという場所を除いては、左折や違うルートを通って、右折せずに行く。
ここまでして右折を避けるのには、きっと大縄跳びが関係していると思っている。
小学校で必ず一度は経験する大縄跳び。
全員整列してから、せーので始めるタイプのものは大丈夫だが、ぶんぶん縄が回っているところに飛び込んでいくタイプの大縄跳びが、とてつもなく苦手だった。
周りがリズムを取って、入るタイミングを教えてくれるのだが、どうしても入れない。
後ろに順番を待っている人からのプレッシャーもきつい。
ほとんど入れないのだが、たまに成功しても、今度は出ることができない。結果、大渋滞になる。
それに、単純に縄が当たるとものすごく痛い。
幼いながらに、
「何でこんな怖いことをさせられるんだ」
と思いながら、恐怖の時間が終わるのを待っていた。
そう。
右折は大縄跳びに似ているのだ。
前方からどんどん近づいてくる車たち。後続車もある。
うまくタイミングを見極めて発進しなければ、事故に直結する。
こんなに恐ろしいことがあるだろうか。
右折専用の矢印信号がついていたり、交通量が少ない場所ならなんとか乗り切れるとしても、すべてがそういうわけにはいかない。
だから私は、右折避けをするのだ。
家族からは、遠回りだとか、ガソリンの無駄遣いだとか言われるが、一切気にしない。
「ガソリンをケチって命を落とすのは、ばからしいでしょう?」
と、それっぽいことを言いながら、今日も左折をする。