《ちょっとエッセイ》たまねぎのせいにしてしまおう

夕食の支度をしているとき、ふと自分の手に目が止まった。
ねこを飼い始めて二十年以上、私の腕や手にはいつも小さな傷があった。
引っかき傷だったり、甘噛みの跡だったり。気づけば、どこかしらに細い線のような傷が残っているのが当たり前だった。
遊んでいるときに興奮してつけられた傷。撫でてと甘えてきたかと思ったら、ガブっとされたときの傷。ねこを飼ったことのある人ならわかると思うが、ねこと暮らしていると手や腕に小さな傷がよくできる。痛いはずなのに、不思議と嫌だと思ったことはなかった。
一匹目は二十歳まで生きたおばあちゃんねこ。まだ目が開かない頃に保護された子で、よく甘噛みをして自分の意思を伝えるねこだった。三年前に旅立ってしまったが、大きな病気もせず二十年間一緒にいてくれて、たくさんの癒やしをもらった。
二匹目は十歳の女の子ねこ。近所で何日も鳴いていたところを、ちくわを使って保護した子だ。手足が短く、白い靴下を履いているような模様をしていた。骨格が小さいのか爪が細く鋭く、遊びながらよく傷をつけてもらった。
腎臓が悪くなり、二ヶ月間毎日点滴をしていたが、先月旅立ってしまった。ねこたちを一人で逝かせることなく最後までそばで見送ることができたことにはホッとしたが、涙は出なかった。家族に心配をかけてしまうからと、一瞬泣くのを我慢したせいかもしれない。
一度泣いてしまうと、タガが外れてどうしようもなくなってしまうかもしれない。何も手につかなくなってしまうかもしれない。まだ小さい娘を不安にさせてしまうかもしれない。そう思って、私は一瞬我慢をしたのだ。それから家族の前では、泣かないように気をつけてきた。
我が家からねこの姿がなくなり、私の手や腕にも傷がつかなくなった。もう、傷がつくこともないのだと思うと、涙が自然とあふれてきた。
私の手には、もう傷はつかない。
まずい、このままでは家族に心配をかけてしまう。
私は急いで冷蔵庫を開けた。
たまねぎのせいにしてしまおう。
あとがき

保護猫で警戒心が強いもの同士、
仲良くはありませんでしたが
個性的な二人でした。
最後の見送りから半年以上が過ぎましたが
彼女たちのものは何も処分していません。
家も手狭になり
以前から引っ越しも考えていましたが
まだこの家にいるような気がして
離れたくないのでもっと先の話になりそうです。













