《ちょっとエッセイ》注射のとき、目をそらす?そらさない?



年に一度、勤め先で健康診断がある。そのとき血液検査のために採血をするのだが、あることに気がついた。

注射針から目をそらす人が多いようなのだ。

たまたま私の前後がそうだったのかはわからないが、ほとんどの人が目をそらしていた。
注射針ガン見派の私としては、少し驚きだった。

私は幼い頃から注射針をじっと見る派だ。
ある勘違いからついてしまった癖なのだが、大人になった今でも直らない。

小児喘息で体が弱かった私は、発作を起こすたびに点滴をしていた。薬が体の中に入っていくと発作が収まり、さっきまで苦しかった呼吸がすっと楽になる。息が思い切り吸えるようになるあの感覚は、子どもながらに「助かった」と思える瞬間だった。

だから私にとって注射は、痛いものというより「楽にしてくれるもの」という印象の方が強かった。

そんなあるとき、ふと疑問に思った。

薬はいったい、針のどこから体の中に入っていくのだろう、と。

当時の私が知っている針といえば、裁縫に使う縫い針だけだ。
母がときどき縫い物をしている横で見かける、あの細い金属の針である。
だから私は、注射針も同じようなものだと思っていた。そのため頭の中では、こんなふうに想像していた。針の表面に沿うようにして液体の薬が流れ、ものすごい速さで体の中へ入っていくのではないか、と。
きっとあまりにも速いから、目では見えないだけなのだろう。

そんなふうに考えていたのだ。

それ以来、「今日こそは薬が体の中に入っていく瞬間を見てやる」と思うようになった。

点滴のときも、予防接種のときも、注射針をじっと見つめる。
針のどこかから、透明な薬が流れ込む瞬間が見えるのではないかと期待していたのだ。
もちろん、何度見てもその瞬間はわからない。
けれどそれでも、つい見てしまう。

いまなら注射針には穴があり筒状になっているため、そこから薬を注入したり血液を採取したりできるのだとわかる。
けれど当時の私はそんな仕組みを知らなかったし、そもそも疑いもしなかった。
それから何年かして注射針の仕組みを知ることになるのだが、一度ついてしまった癖はなかなか抜けない。
大人になった今でも、採血のたびについ針を見てしまう。

健康診断の会場で周りを見渡すと、多くの人が顔をそらしている。
中には目をぎゅっと閉じている人もいる。
その横で私は、相変わらず注射針を見ている。

注射針、見る派ですか。

それとも、見ない派でしょうか。

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